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西武・清原がバット投げ&ヒップアタック

1989年のパ・リーグは9月に入っても西武、近鉄、オリックスが僅差の首位争い。9月23日、前日も勝ち、首位を守った西武は、秋分の日も序盤から勢いの差を示し、清原和博の満塁本塁打などで7点のリードを奪った。そして、4回裏、二死一、二塁の場面で、清原が打席に入る。このとき、マウンドにいる平沼定晴の表情を見て、「狙っているな」と確信したという。その初球、インコースのストレートが清原の左ヒジを直撃。激怒した清原はバ...

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球史最大級の「黒い霧事件」

1969年10月8日、読売、報知両新聞に「公式戦で八百長」というショッキングな見出しが躍った。これが、今もプロ野球界最大のスキャンダルとして語り継がれる「黒い霧事件」の始まりだった。中心人物として掲載されたのが西鉄・永易将之投手だ。暴力団と組み三振、KOなどをわざと行い、1試合20~30万円を受け取っていたという。西鉄はこのシーズン限りでの永易の解雇を発表。11月13日にはパ・リーグから永久失格選手の処分が下され...

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波乱の末にメジャーのマウンドに~野茂英雄

1994年、5年連続最多勝がかかっていた近鉄・野茂英雄だが、入団以来エースとしてフル回転してきた“勤続疲労”もあって調子はなかなか上がってこなかった。それでも前半は必死に投げ続け、8勝を挙げたが、肩痛もあって後半戦の登板はわずか1試合、初の二軍落ちも経験した。要因の一つに前任の仰木彬監督とは異なり、自身の調整法にまで口を出してきた鈴木啓示新監督との確執もウワサされた。年俸の大幅減が予想されたオフの契約更新...

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幻のサヨナラ本塁打

1992年開幕前の予想はほとんどが阪神最下位だった。阪神は87年から6位、6位、5位、6位、6位と低迷が続いていた。しかしこの年、亀山努、新庄剛志らの若い力もあって奇跡の大躍進。最後まで優勝を争った。この年、あの1勝があれば、と阪神ファンが語り継ぐのが、9月11日のヤクルト戦(甲子園)だ。3対3で9回裏を迎え、二死一塁で打者は八木裕。フルカウントからフルスイングした一打は左翼スタンドに飛び込む劇的サヨナラ弾。これで...

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死球合戦 巨人VSヤクルト

1994年5月11日、ヤクルト―巨人戦(神宮)は死球合戦となった。2回表、ヤクルト・西村龍次の投球が巨人・村田真一の頭部を直撃した。3回表、今度は巨人の木田優夫が打席に立った西村のお尻に当てた。さらに試合が進み、7回表、巨人のグラッデンへの内角球がきっかけで乱闘騒ぎが起こった。次の瞬間、マウンドに向かおうとしたグラッデンは制止しようとしたヤクルトの捕手・中西親志ともみ合いになり、その右目付近に左アッパー。あ...

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